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内海 四天王巡り

内海の街を守ってくれる、四天王を巡るハイキングはいかがですか?

こんにちは、知多半島ナビです。内海を取囲む山々には、四天王が祀られている事はご存知でしょうか。四方の小高い山の中、街を見おろすように、増長天、持国天、多聞天、広目天の4人の神将が祀られています。ハイキングがてらのお参りも新たな発見があって楽しいかもしれませんよ。勿論、近くまでは車でもいけます。 詳しいお問い合わせは、南知多町観光案内所まで。0569-62-3100

南西方面には砂浜が広がる伊勢湾を臨み、周りを小高い山に囲まれた内海。夏になれば数十万人もの海水浴客が訪れる観光地です。古くは縄文時代より集落の跡がみられ、江戸時代後半からは海運業が盛んで多くの船が出入りした港町でした。多くの寺社もあり当時の人々の信仰の深さも伺い知る事ができます。


150年もの昔、四天王は祀られました。

内海四天王は内海馬場、妙音寺の14世魯学禅法和尚によって、文久2年(1862) 発願建立されました。村の繁栄と幸せを願い、内海の四方の山の特に海の見える景色の良い場所を選んで建てられたといいます。東方持国天、南方増長天、西方広目天、北方多聞天の四神が海を渡ってやってくる魔物を、睨みと法力により寄付ける事なく内海を守ってくれています。
今では、内海きずなの会(まちづくり協議会)により山道も整備されており、気軽に巡る事ができます。


多聞天

北方の守護、多聞天は内海駅の北側の山に祀られています。山の入口には持宝院があります。山寺と呼ばれ、地元から親しまれているこのお寺の境内にある大銀杏の紅葉は内海駅からも見えます。
松尾芭蕉の句碑がありました。
「花ざかり山はひごろの朝ぼらけ」

弁天様の祀られる池もあったりと、情緒たっぷりのお寺です。
境内入口付近からは、林ノ峰貝塚が発掘されました。
縄文時代の遺跡で、土器、石器、人骨が出土しています。出土品は南知多町資料館にて展示されています。

持宝院入口前を左折して、山に入ります。
坂を登って行くと、案内看板が見えてきます。ここからは、舗装されていない山道です。
分岐点にも案内看板があるので、わかりやすいです。多聞天は左側へ100m。右側へ行くと、秋葉神社と祭八山へ続きます。

多聞天は、北方を守護するとされ、毘沙門天とも呼ばれています。毘沙門天は軍神と財宝神、両方の側面を持ち、戦国時代には武田信玄や上杉謙信など多くの武将たちに信仰されました。特に上杉謙信は自身を毘沙門天の生まれ変わりと信じ、軍旗に「毘」の字を用いて戦場を駆け回ったのだとも云われています。邪鬼と呼ばれる鬼形の者の上に乗っていますね。


広目天

名鉄内海駅前に新たに開通した、通称「オリーブ街道」。ここを西方向に進むと、「今場坂入口」の看板が見えてきます。
右折してさらに西側へ500m。ここまでは車で来られます。
山の入口には「広目天」「岡部城跡」の看板が。

岡部城土塁跡と思われる山道を進んで行きます。
しばらく進むと少し開けた場所に到着。岡部城跡です。説明看板が設置されていました。
さらに進んで行くと、こんもりとした丘の上に、広目天が見えてきます。

広目天は、西の方角を護る守護神です。「特殊な力の目を持つ者」「千里眼」とされ、広く遠くまで睨みを利かせ、侵入してくる邪気を追い払います。筆と巻物を持つ姿で表現される事が多い神様で、仏教の教えに従わない者や外敵をとらえるほか、人々の煩悩をも縛り、正しい教えへと導きます。配下として龍神や鬼神を従えています。


岡部城は、室町時代、知多半島を治めていた一色氏の家臣・佐治氏のお城で、主家であった一色氏を強引に追い出し、領地を奪った佐治宗貞が、いとこの佐治為縄を江州から招いて大永年間に築いたと云われています。
「知多半島の昔話」によると、岡部城主為縄には、さゆり姫という一人娘がいました。ある日、剣術大会で優勝したものに、さゆり姫との婚約を認めるとし、最終的には、馬世話役「岡部太郎」と家臣の息子「吹越次郎」という二人が競いあった。岡部太郎が勝利し、それを不満に思った吹越次郎は、祝宴で酔った岡部太郎を闇討ちし手傷を負わせ、その足で千賀家を訪ねそそのかし、一夜にして岡部城を滅ぼさせました。武術大会が行われ、岡部城が陥落したとされる端午の節句の頃、岡部城近くには、さゆり姫と岡部太郎と思われる二つの人魂が飛交うようになった、という逸話が今も残っています。


持国天

県道279号線を、古布方面に進む途中、内福寺の鎮守である八幡社のカーブにある、ログハウスの喫茶店のところ、右側から
奥に入ります。
150m 入ると、山への入口が現れます。車はこの付近まで入れます。
入口から約800m。この丘の上に持国天は祀られています。

持国天は、東方を護る守護神です。「国を支える者」の意味を持ち、内海の東のはずれの山中に祀られています。が、しかし、ここで疑問が一つ。ここ内福寺の持国天、三又戟を持ち右手を腰に当てた姿は、本来増長天の容姿です。持国天は、右手を拳にして右腰に置き、左手に刀を持つ姿で表される事が多いです。憶測ではありますが、ひょっとしたら東端区に安置されている物と間違えて設置されたのではないでしょうか?こればかりは、歴史のミステリーとして今後の調査が待たれます。四天王には違いないので、信仰の御利益には変わりありませんがね。


増長天

国道247号線と豊浜方面に進むと、東端区の熊野社があらわれます。ここを左折します。
みかん畑が続く山道。右側は、一山越えると伊勢湾です。戦時中には砲台が作られていましたが、実戦で使われる事はありませんでした。
知多半島で一番高い山、高峰山に続く山道を登っていきます。標高は約100m。

一本道のつきあたりで二股にわかれます。ここを右側へ。
300m 程で、増長天への入口に到着します。この辺りまでは車で大丈夫。
細い道を登って行くと増長天が見えてきます。

増長天は南の方角を護る守護神です。増長天は、インド神話の魔神・鳩槃荼、餓鬼の薜茘多を従えるリーダーとも云われています。伊勢湾の方角を向いて祀られ、南からの侵略に睨みをきかせています。


穏やかな伊勢湾。こんなところから悪魔なんてやって来るのでしょか?内海の四天王は、すべて南方に向かって立っています。
なんと素晴らしい眺め。内海の海岸が一望できます。因に、夏の花火大会を観る、隠れた特等席である事は、この記事を読んだ人だけが知る秘密です。


西方広目天
北方多聞天
東方持国天
南方増長天

名称内海 四天王巡り
ひらがな読みうつみ してんのうめぐり
住所愛知県知多郡南知多町大字内海
タグシービュー | マウンテンビュー | 歴史・古い町並み | 神社・仏閣めぐり | 公園・自然に癒される | 眺望を楽しむ
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