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太鼓打ち着物展

鯛まつりの花形は、太鼓打ち。選ばれた子ども達が着た豪華な着物が公開されます。

こんにちは、知多半島ナビです。今回ご紹介するのは、「太鼓打ち着物展」です。豊浜では夏に天下の奇祭「鯛まつり」が行われます。勿論見所は、巨大な鯛みこしですが、それだけではありません。各地区から選ばれた二人の「太鼓打ち」。祭りの花形である彼等は、きらびやかな着物をまとい太鼓をたたきます。豊浜地区では、これらの着物を保存し、年に1度公開しています。古い物では100年以上も昔の着物も残っています。鯛まつりの歴史とともにこれらをご堪能下さい。

天下の奇祭り「鯛まつり」。巨大な鯛が街を練歩きます。

南知多町豊浜では、毎年7月に「鯛まつり」が行われます。10mを越える巨大な鯛の神輿が若者達にかつがれ、街中や海を練歩きます。
明治18年頃に祭礼に興を添えるために、はつかねずみの張りぼてを作ったのが最初とされ、その後、さまざまな動物の張りぼてが作られました。後に海の生き物となり、大正初期には鯛の張りぼてとなりました。漁師の街ならではの、豪快でそれでいて何かしらかわいらしい夏のお祭りです。


須佐地区では、4匹の巨大な鯛が街中を練歩いた後、御仮屋のある豊浜漁港に集結します。
中洲区では、若者に担がれたまま、海に入ります。
初日の夜は、豊浜港で花火大会も開催されます。火の粉をかぶりそうな位近くで打上げられます。

鯛まつりの花形、太鼓打ちとは…。


「太鼓打ち」とは、太鼓を打つ人のことです。
太鼓を打つ人は清らかな子どもでなくてはなりません。
中洲は小学校5・6年。須佐は小学校4・5年の男の子と決められてきました。
金・銀の刺繍を施した着物を着て、鮮やかな五色の帯びを肩からたれ流し、中洲は白足袋、須佐は黒足袋を履いて、鉢巻をキリリと締め、男役と女役の少年が古式にのっとった動作で、笛と小太鼓の音に合せて太鼓を打つというより舞う、お祭りの大切な神事です。
太鼓打ちに選ばれることは大変名誉なことでした。       「南知多町誌」より


展示された着物を見てみましょう。100年以上も昔の貴重な着物もあります。

5着からスタートした「豊浜太鼓打ちの着物展」ですが、今年は166着の展示になりました。古い物では100年以上も昔に仕立てられた物も公開されます。鯛まつりの時に選ばれた二人の少年の為だけに仕立てられ、祭礼期間中たった一、二度しか袖を通す事が無い着物達です。決して安くない着物を惜しげも無く仕立てる、街の人々の心意気と、我が子に対する愛情の重みを感じざるを得ません。ごゆっくりと心行くまでご堪能下さい。滅多にお目にかかる事はできませんよ。


明治38年の着物です。明治27年生まれの松田代五郎さんが11歳の時に着た着物。この様な江戸ちりめんが、着物で残っているのはかなり稀な事らしいです。当時の染めはハケによる物で、描かれた折鶴と松竹梅は、20枚ほどの型紙染で仕上げられたと思われます。黒い線は墨で書かれています。
100年の時を越えた、貴重な文化遺産ですね。すばらしいと、見物者からもため息がこぼれていました。

こちらは、大正14年に作られた着物。縁起物の鶴と亀が描かれています。古い着物には、この様に鶴亀や宝船など日本の伝統的な図柄が用いられますが、時とともに生活に密着した物や、世相を繁栄した物が登場するようになって行きました。
このような古い物がまだまだ各家庭に保存されていると云われます。その証拠に、この展覧会、毎年初展示の着物が増えています。(2013年は166枚の展示でした。)
なぜ、このような派手な着物を仕立てるようになったのでしょうか?一世一代の晴れ舞台の為と言えば、それまで。子どもに贅沢をさせてやりたいとの親心の現れかもしれません。しかし、どうみても女物。この謎解きに思いを巡らせるのもまた楽しいのではないでしょうか。


昭和39.40年 中州 鶴と亀。縁起物の代表格ですね。ピンクが艶やかな着物です。
昭和57.58年 中州 総刺繍仕上げのあざやかな七福神です。発色がすばらしいですね。これまた縁起物の代表です。
昭和20.21年 半月 竜と虎。昔から力強さの象徴ですね。
昭和36.37年 半月 錦糸が見事に縫い込まれた龍は、今にも黒雲から飛び出てきそうな勢いを感じます。

昭和36.37年 半月 先程の龍と同じ家の着物です。太い線で描かれた鳳凰は龍とは違った雰囲ですね。もう一着は美空ひばりをモチーフにした着物でした。毎日ちがった気持ちでお祭りにのぞんだのでしょうね。
昭和40.41年 中村 クジャクの図柄も多く見られます。すべて刺繍で仕上げられています。

漁師の街、魚介もふんだんに描かれています。

昭和46.47年 東部 絵の具で描かれた様なちょっと変わった趣きの着物です。鯛と宝船、松が描かれています。
昭和34.35年 鳥居 跳ね鯛。淡い緑の地に赤い鯛のコントラストが映えますね。晩ならしに使われた着物です。
昭和36.37年 半月 淡い水色の地に、錦糸で縁取られた鯛が浮かび上がります。力強さが強調されていますね。

昭和36.37年 半月 力強い伊勢エビが描かれています。貝ガラと笹の葉がアクセントとしてそえられています。生地には鶴が入っています。
昭和26.27年 鳥居 波間に鯛、蛸、蟹、海老が現されています。空には、浜千鳥が飛びます。
昭和34.35年 半月 2匹のタコがコミカルに描かれています。1匹は祭のうちわをくわえています。

世相を反映した図柄や、家業も取り入れられています。

昭和38.39年 東部 言わずと知れた東京オリンピック。日本を背負って立つ立派な大人になって欲しいというご両親の願いがこもってます。
昭和38.39年 東部 こちらは人工衛星。このように世相を反映した図柄が取り入れられる事も多かったみたいですね。
昭和36.37年 半月 美空ひばりさん。お父さんの趣味かな。

昭和36.37年 中村 バイク屋さんだそうです。将来、子どもの商売に栄光あれといったところでしょうか。
昭和40.41年 中村 でました、時代のヒーロー、ビッグX。マグマ大使の着物もありました。
昭和34.35年 中村 初代若乃花の土俵入り。当時お相撲さんは、力強さの象徴でした。

古い写真と見比べてみましょう。

昭和30.31年 半月 南知多町誌にも掲載されている写真です。この着物は今年初めて出品されました。
白地に赤を基調として、縫い込まれた錦糸を浮き上がらせています。曲線と直線を使い分け、スピード館ご感じますね。このような派手な着物を着て、写真の少年も鼻高々だった事でしょう。
昭和30.31年 半月 同時期の写真です。二人で同じ図柄の着物を着る年もあれば、それぞれが違う物を着る年もありました。
鮮やかな青地に南国ムードあふれるモチーフがあしらわれています。彼は前年、ターザンの着物だったそうです。

太鼓打ちの任期は2年。その間に4着の着物が作られます。

昭和37.38年 中州 竜宮城。
各地区から二人づつ選ばれた十歳前後の少年は、二年間太鼓打ちをやります。その間4着の着物を準備します。
竜虎。
初年度は、晩ならし用、初日用、二日目用の3着。翌年は、前年度使った晩ならし用と、どちらか片方、それに新しく一着を準備します。
太鼓打ちに選ばれる事が名誉とされてはいましたが、物が豊富に無かった時代は大変な負担だったと思います。時の区長が反物を用意した事もあると言います。豪華なものになると、家が一軒建つぐらいの出費でした。それほど祭礼にかける意気込みがすごかったという事ですね。
晩ならし用は、二年着るのがほとんどです。薄手のシンプルなデザインが多いような気がします。

同地区で、男役と女役にわかれています。

昭和47年、中州区の着物です。選ばれた二人の太鼓持ちの少年は、男役、女役に分かれます。こちらは男役の着物で、力強い昇龍が描かれています。
同じく昭和47年、中州区。女役の着物には、鼓が描かれています。モチーフは違えども、「大漁まつり」の図柄が揃えてあります。因に、鯛も地区によって雄雌が分かれています。(中州区は区別がありません。)

お揃いの着物に見えますが、何ヶ所か違いがあります。

昭和55.56年 中村 宇宙戦艦ヤマトです。二人がお揃いの着物を作る事も多いです。が、しかし、全く同じ訳ではありません。作り手のこだわりで、数カ所、微妙に変えてあるそうです。
わかりますか?家紋は当然違いますよ。
昭和55.56年 中村 この年の二人はすべて同じ図柄で通したみたいですね。2年間で1人4枚の着物を作ります。

年代順に展示されている着物の下にあるのは…。

年を追って展示してあるので、そこにはその年の出来事や物価が説明されています。

会場には、当時の面影を残す品々の展示もあります。

かなり古い写真です。今とは違って、ちょっと怖い感じですね。東部地区と鳥居地区、鯛は雄と雌になっています。
まだ豊浜で海水浴ができた頃の写真でしょうか。昔は「鯛」ではなく、「ハツカネズミ」の張りぼてでした。大正時代の初めに今の様な「鯛」が造られるようになったそうです。
当時は酒屋さんにこのような徳利を持って行き、お酒を買ってきました。その為、屋号の入った徳利が数多く残っています。
鯛まつりの古い写真をみると、鯛のあごの部分にくくり付けられた一升徳利がみられます。お祭りにお酒は付き物ですもんね。

ふらいき(大漁旗)も力強く掲げられています。

ふらいきとは、大漁旗の事をいいます。福来旗が起源でしょうか。新しく漁船を造った時に、親戚や親しい人からお祝いに贈られるもので、「豊漁を願う」縁起の良い模様や文字や、「豊かな漁場」の再生を誓う言葉、贈り主の名前などが描かれます。
ここ豊浜では、お祝い事やお祭りの際にたくさんのふらいきが漁船に掲げられます。その様子はまさに圧巻です。

豊浜太鼓打ち着物保存会によって、後世まで引き継がれる事でしょう。

豊浜太鼓打ち着物保存会の事務局長を努める、植田重章さん。
昭和20年.30年頃、決して裕福ではなかった時代に、高価な金糸、銀糸、総刺繍の着物を作り、使用後も再利用することなく保管し、まつりの着物が150枚余りも残っていることは、豊浜の貴重な文化財であり、地域の宝として後世にしっかりと受け継いでいかねばならない、と言う強い信念のもと、この展示会を開催しています。最初は氏が局長を務めた郵便局で数着の展示からスタートし、努力が実を結び現在では170着ちかい着物を集める事ができました。毎年新たに着物も増えつつあります。200着までは必ず増えると、思いを熱く語ってくれました。
今回の展示においても、お孫さんを連れたお爺いちゃん、お婆あちゃんが訪れ自分の着た着物を懐かしがっていたのも印象的でした。地元の貴重な財産を後世に引き継いで行きたいですね。


名称太鼓打ち着物展
ひらがな読みたいこうちきものてん
住所愛知県知多郡南知多町大字豊浜字須佐ケ丘5
営業時間初日: am10:00〜pm5:00 二日目am10:00〜pm4:00
駐車場あり
予算/料金について入場無料
行き方(詳細)知多半島道路豊丘下車。県道7号線を右方向へ。「豊丘南」信号直進で県道280号線を1km。測道を左折すぐ。
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